病理学第二講座は昭和 30年7月,かつての県立医大が国立に移管された時に始まる.しかし,当初は事情により阿部泰男教授担任の寄生虫学講座として発生し,橋口俊照が病理学方面を分担していた.昭和38年3月遠城寺宗知教授が九州大学より着任され,本来の病理学第二講座が始まった。
病理学第二講座は当初より,人体病理がメインテーマであり,遠城寺教授時代(昭和 38年3月〜昭和45年9月)には,外科学講座や内科学講座から多くの研究員が在籍し,ヒト癌の臨床病理学的研究に力を注いだ.この時期,特に食道,胃,大腸,肝などの消化器癌,乳癌,甲状腺癌や軟部腫瘍に関しては,加藤助教授をはじめ,影井,海江田,久本,佐藤(弥),渋江,田中(忠),川上らによって多くの研究業績が残されている。
広島大学から着任した二代目徳岡昭治教授(昭和 46年12月〜昭和49年7月)の時代には,新たに婦人科病理領域での業績や,電顕の導入による腫瘍病理の研究業績等が加えられた(坂江,早田,瀬戸山,新森らが活躍).さらに,次第にその件数が増加してきた外科病理が,大学内のみでなく,学外の検査センター等でも扱われるようになり,外科病理の普及や拡大に計られた。
昭和 50年6月東北大学から三代目として佐藤榮一教授(〜平成11年3月)が就任し,従来からの消化器癌や軟部腫瘍に加えて,各種疾患を疫学的関連や地域的特性の観点から幅広い研究を目指しており,ATLをはじめとする悪性リンパ腫(ML)及び類縁疾患の研究にも力を入れている.1976年に高月らによるATLの概念の発表の前年から,鹿児島のMLの研究に着手しており,鹿児島のMLの特殊性に着目していた.その後,徳永,徳留,植村,蓮井らの努力により,MLの収集例は全国に誇れるものとなっている.さらに徳永,末吉,山元,田代らによるEBウィルス関連のMLや胃癌の研究は全国から注目されるものであった。
近年生検・手術材料の的確な診断法の確立や客観的判定指標の導入が病理学の分野に求められているが,その一つとして,米澤助教授の大腸癌での研究を発端に血液型関連抗原上にある糖鎖が細胞の分化や癌化によって変化することを見いだし,とくに消化器癌の糖鎖抗原の検索に研究の主力を傾けている.食道癌では,横山(旧姓 丸田),清水(健)らが,胃癌では,清水(誠),堀之内,坂元(秀),宇都宮,李らによって多くの研究成果が得られている.大腸癌では,松尾,坂元(弘),松下,白濱(旧姓 井上)らが, UEA-Iを代表とするレクチンの研究や大腸癌の肝転移における糖鎖抗原の重要性を指摘した.現在では消化器のみならず,乳癌(徳永,村本,萩尾,松木田,野元)子宮内膜癌(メモン),卵巣癌(田代),胆管癌(山下)胆嚢癌(久木元,田島,有馬),膵頭十二指腸領域(北村,有馬),口腔領域癌(朔(現新潟大学歯学部教授),伊藤(哲))などについても研究成果がみられる.これらの研究は,更に発展し,現在も米澤を中心に在籍している大学院生(堀之内,永田,高城)によってムチン関連抗原のヒト癌での検索が続けられ,最先端の国際的共同研究に至っている。
神経系疾患の研究については, HTLV-1感染症の一つとしてHAMが本学部の大きな研究対象となっているが,末吉がPCRを用いた剖検症例の検討でHTLV-1の臓器分布上興味ある所見を見いだしている.後藤は,元国立療養所星塚敬愛園副園長として発展途上国のハンセン病の病理学的研究の指導にあたっているだけでなく,水俣病の客観的判定法の開発にも尽力し,病理学的画像解析の分野で欧米からも注目される研究を続けている。
上記研究の他,八木は甲状腺疾患の,脇本,仮屋らは肺疾患の研究を行った.さらに,基礎・臨床の多くの講座との共同研究で,細胞接着因子,泌尿器疾患,細胞分化等の研究がなされる一方,鹿児島市立病院の産婦人科等から多くの部外研究生が来訪し,波多江,村上らは学位を取得し,その知識を日常診療に活用している。
地域医療を支える外科病理の面で,田中(貞)鹿児島市医師会病院病理部長,兼子大宮日赤病理部長,中村鹿児島予防医学研究所所長らは,現在も重要な役割を果たしている。
平成 11年9月四代目教授として鹿児島大学出身の米澤傑が就任した.さらに,平成12年4月より助教授として後藤正道が就任した。