今を生きる

 

昔から「子育てをして親は成長する」とか「子育てをして初めてわかる親の気持ち」と言われる。最近は幼い子どもへの虐待の報道が後を絶たず、児童相談所への通告件数はうなぎ上りである。件数の増加は児童福祉法や児童虐待の防止等に関する法律が改正されたことが大きい。それと同時に、親の方に子育てから学ぶという意識が希薄になっているのであろうか。

 われわれ小児科医は病気の子ども達の治療を担当して多くのことを学ばせてもらっている。国立病院機構南九州病院院長の福永秀敏先生の著書に「病む人に学ぶ」があるが、出会った患者さんによって医師が育てられることを的確に示した言葉である。小児科医は病児と保護者に学ぶということである。特に命をかけて闘病するこども達と両親が伝えてくれるメッセージは、小児医療従者にとって最も優れた教材だと考えている。私自身は小児血液腫瘍を専門とする立場から、小児科医の中ではひときわ多く死の場面に立ち会ってきた。大事な子どもが死ぬことを即座に受け入れられる親がいるはずもなく、闘病はある意味修羅場と化すことも多い。しかし、自分たちの力量を自覚して一生懸命に治療と看護に当たれば、最後には死を受け入れ、医療従事者の努力に感謝されることを教わった。それには30年を要した。その途中には「報われない仕事」と勘違いして挫折しそうになったこともあった。

 最近の医学生の進路決定に、ストレスが少なく楽に続けて行ける診療科という要素が大きく影響していると聞く。医療にそんな分野があるはずはないと思うのであるが、「小児科医になると、病気の患児はかわいそうだし親が大変で苦労する、その上いい暮らしができない」という声を聞くとなさけなくなる。忙しくない、死なない、そんな現場に医師が必要とは思えない。

 白血病を代表とする小児がんのこども達の生きようとする姿勢は本当に尊い。200年前に儒学者佐藤一斎が記した言志晩録(言志四録の一つ)に書かれている言葉、「過去に未練をもたない、未来に気を揉まない」そのものである。不幸にして難病に冒されながらも自らの境遇を受け入れて厳しい治療に立ち向かい、苦しい中でも日々喜ぶべきことを見つけ、担当する医師、看護師、看病する両親の励ましに応えて頑張ってくれる。こんな立派な闘病は成人の世界では限られた患者さんだけであるが、小児病棟の子どもはみんなが実践してくれる。病気の子ども達が命をかけて周囲の成人に送っているメッセージである。医師として彼らのメッセージをどのように受け止めて生かすべきなのか、日々苦悩する大きな課題である。

 仏教用語である生老病死(しょうろうびょうし)は、四苦八苦の四苦である。人類が生物として生きる上で避けられないものであり、生きている限り四苦八苦するのが人である。私たち成人はとかく不遇を恨み、過去を後悔し、未来を憂い、喜びや幸せを感じる能力は年齢とともに低下する。病気のこども達が教えてくれる「今を生きる」重要性を、医学生や研修医、そして多くの小児科医とともに学び、次代に引き継いでいきたいと思う。

 

平成22年10月