教授の雑文

井上博雅教授の雑文

選挙模様と利他心(2017年同門会誌)

2017年12月

 今年10月の衆院選。皆さんにはどう映っただろうか。保守系、リベラル系(革新?左派?左翼?)にはっきり分かれたと見えるが、その実とても複雑に感じた。
 今までの私の印象では、基本的な社会構造をできるかぎり維持するのが保守であり、経済成長の恩恵を得ない者の利益や社会的マイノリティを擁護する、より社会主義的な考えがリベラルのはずだった。ところが、科学・医学やAIによる技術革新、人口減少やグローバリズムへの対策、近隣国の脅威という世界情勢の変化の中での憲法改正案。保守である与党がつぎつぎと改革を打ち出している。ここで、リベラル派の、今の生活を守れ、今の憲法を守れ、戦後日本の体制を続けろ。どちらが保守で、どちらがリベラルなのか。今回、一定の支持を得たある野党は実はリベラルではなく、性急な変革を嫌う保守的な新党であり、絶対的に見える与党の改革に不安を持った有権者達がそれに共感しただけなのかも知れない。

 同じ10月には、バルセロナを州都とするスペインのカタルーニャ自治州でも投票が行われた。スペインからの独立の是非を問う住民投票である。バルセロナは観光の一大拠点。スペインの中でもカタルーニャの経済規模は大きい。住民投票の結果を受けて、カタルーニャの州議会はスペインからの一方的な独立を宣言する議案を可決した。これに対し、スペイン中央政府は州への強硬措置に出るようで、双方の対立は決定的だ。
 カタルーニャは、独自の文化や言語を持ち、今でも民族としてカタルーニャ人と自任する考えが根強く残っているという。そこにスペインの保守系政党が、多民族であるという国の本質を受け入れていない。カタルーニャの人々は自分たちのアイデンティティーが尊重されることなく、これを侮辱と受け止めた。カタルーニャ州はスペインの中でも最も多く税金を納めているが、国からの配分が少ないという不満もあった。スペインがEUから緊縮財政を強いられ、緊縮策が厳しくなる中で税の負担感が強まり、中央政府からの搾取を逃れるため、独立運動に火がついたようだ。
 しかし、この独立で、双方が打撃を受けるのは間違いない。内戦状態のカタルーニャに本拠を置く不安感。仮に独立した場合でも、新国家がEUに加盟してユーロは使える見通しは暗い。すでに海外からの投資や企業は流出し始めているし、税収は減るだろう。州政府もスペイン中央政府も深刻な影響をうけかねない。

 スペインだけではない。イタリアでも、商業都市ミラノをかかえるロンバルディア州、観光都市ベネチアをもつベネト州で、経済的に豊かな地域が抱く不公平感から、自治権拡大の賛否を問う住民投票が実施された。
 足もとを見ると、独自の文化を持ち米軍基地問題が続く沖縄の独立運動、世界的な観光都市でかつ日本経済の中心を担う東京のより有利な財政援助を求める運動の可能性はないのか。

 一方では、欧米で既成政党を批判する新興勢力が躍進している。英国のEU離脱、反イスラムなど排外主義の広がり、米国でのトランプ大統領誕生など、ポピュリズム(大衆迎合主義)の嵐が吹き荒れている。今回の選挙で台風並みの風が吹くと思われた日本は、そよ風も吹かなかった。ポピュリズムは、民主主義の脅威と見られがちだが、政治から排除されてきた集団の政治参加を促したとする見方もある。だとすれば、日本での格差拡大や犯罪率は欧米ほどではないからポピュリズムは広がらないとの考え方は誤りで、日本の有権者は改革自体を望んでいないのかも知れない。
 経済を見ても、自国第一主義、保護主義が台頭してきている。かつて自由貿易に反対していたのは、政治的な左派であった。最近はこれに右派も加わって、自由貿易は両極から攻撃され、崩れそうだ。排外主義が世界に吹き荒れ、右傾化が進んでいる。
 イラク政権は、過激派組織イスラム国の拠点モスルでの戦闘地域の解放をもって正式に勝利宣言した。しかし最近でも、アフガニスタンの首都カブールでは自爆テロがあり、欧州で多発するタイプのテロがニューヨークでも起きた。過激派組織を生み出した閉鎖感は今も世界中に残っていて、宗教や民族の違い、不公平感、経済格差などが人々の不満と怒りとなり、過激主義の温床となっている。

 その中で、中庸を好み、安全な国NIPPON。グローバル化が進み、ここ鹿児島でも様々な言語が聞こえ、異文化と交わる機会も増えた。留学中、これらはdiversityに繋がると習った。特定の国や民族に固執せず、普遍性を求め、忘れていた寛容さが蘇ってくる。自分本位、自国本位で動けば、全てが敗者になることははっきりしている。自分の利益を求める行動や行為は、同時に相手側の利益にもつながっていなければならない。利害の違いがあっても、互いの利益のためのルール作りに向けて協力し合っていく姿勢こそが大切なのだ。

 衆院選後の分析では、若い世代からの与党の支持率が高い傾向にあったという。それは、有名な候補がいる。現状維持で問題がない。野党の政策は理想主義的に聞こえ、与党の方が堅実で現実的に見えているとの分析。しかし、その実は、落選を恐れ、泥船に見える党から救世主が待つ救命ボートに乗ろうと右往左往し、無節操に変節する野党候補に信念も政策もないと見えたからなのではないのか。
そして
若い有権者たちは
あの利他心の欠片もない政治家たちに、私たち大人を重ねてはいないだろうか。

 11月4日夜、プロ野球の日本シリーズ第6戦。球史に残る好勝負。9回の土壇場で、内川選手は同点のホームランを放った。サファテ投手はクローザーとして3イニングを無失点に抑え、延長11回2アウト。時計の針は午後11時に迫り、両チームとも塁を賑わせるものの攻め切れず、重苦しい雰囲気が球場を包んでいだ。そこに、伏兵 川島選手の一振りが、「サヨナラ日本一」となる値千金の一打となる。打者一人に対するだけに準備し登板する中継ぎ投手。犠打を役目とする打者。徹底的に利他的姿勢を貫いた選手達。その心が一つになった強さが呼んだ歓喜のフィナーレであった。