<従来の考え方:麻痺は治療しても回復しない>
これまで脳卒中で半身不随(片麻痺)になると、破壊された神経細胞は再生しないから、片麻痺は治療しても回復はしないとの考えが常識でした。そのため、片麻痺の患者さんのリハビリテーションは麻痺のない下肢や上肢を鍛えて、歩行や日常生活が出来るようにすることが目標とされてきました。勿論、今後もそれらがリハビリテーションの最優先の目標であることには変わりありません。
<今日の考え方:麻痺は治療すれば回復する>
脳科学の進歩によって、脳の一部が破壊されても、損傷を免れた他の部位が損傷された部位の役割を代行する能力、可塑性があることが明らかになり、いくつかの麻痺を回復する治療が試みられています(表・片麻痺回復促進のための運動療法)。神経細胞の新生も明らかになりましたが、麻痺の回復には役立っていません。
可塑性発現は使用頻度に依存しますから、麻痺を回復させるためには、麻痺した上肢、下肢を他人の介助を受けながらでも繰り返し動かす努力が必要です。これまでも麻痺の改善を目指した神経筋促通法や認知促通療法が提唱されていますが、有効であるとの証明はありません。
片麻痺の回復に役立つ促通手技は、治療者が麻痺した手足を上手に操作して患者さんが意図した運動を実現できる手技、つまり、意図した運動の実現に必要な神経路だけに興奮を伝えることができる手技だけです。
私共は新たな促通法を工夫し(図1)、それを反復することによって、麻痺を効率的に回復することが出来るようになりました。
| 片麻痺回復促進のための運動療法 |
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反復促通法などについて詳しく掲載した、『片麻痺回復のための運動療法-川平法の理論と実際- 』川平和美著 医学書院 を2010年5月刊行いたしました。川平法の実際
<促通反復療法による片麻痺上肢の麻痺の回復>
患者さんはリハビリテーション目的に当科に入院した片麻痺患者12 名 で、年齢は平均60.1(歳)、脳卒中発症からの期間は平均17.9(週)、麻痺は上肢グレード7.7です。
治療は通常の作業療法(押さえ動作、到達運動-握り-離し訓練、ペグのピンチ動作練習)を継続しながら、2週間の促通反復療法を間欠的に2回追加しました。
促通反復療法は、独自に開発した個々の指の運動の促通法(川平法)(図2、3)と独自に改変したPNFパターンを用い、麻痺の程度に応じて8種類選択し、いずれの運動パターンも自他動運動で各パターン100回(合計800回)を行いました。
図4に示すように、上肢(肩と肘)と手指の麻痺は、手指促通反復期間に明らかに回復が促進され、これまで効果的な治療法がなかった個々の指の運動も麻痺を回復出来るようになりました。
<促通反復療法による神経路の再建のメカニズム>
促通手技で目標の運動性下行路の興奮水準を高めることで患者が意図した運動を実現し、それを反復することで神経路を強化できます。


独自に開発した個々の指の運動を伸張反射を用いた誘発と手指と手関節の伸展と屈曲との組み合わせで筋収縮を持続させる方法です。これにより、片麻痺の個々の指の運動の回復を効率的に促進できるようになりました。

手指機能の回復は通常の作業療法のみの期間に比べ促通反復療法を併用した期間の改善が大きく、2回の訓練期間の改善は通常の作業療法のみの期間が平均0.2グレード、促通反復併用期間が1.0 グレードでした。

<促通反復療法による片麻痺下肢の麻痺の回復>
患者さんはリハビリテーション目的に当科に入院した片麻痺患者24名 で、年齢は平均51(歳)、脳卒中発症からの期間は平均7(週)、麻痺は下肢ブルンストロームステージの中央値3.0です。
治療は通常の運動療法(関節可動域訓練、マット訓練、歩行訓練等)を継続しながら、2週間の促通反復療法を間欠的に2回追加しました。
促通反復療法は、独自に改変したPNFパターン等(図・反復促通療法による麻痺の回復)を用い、麻痺の程度に応じて5種類選択し、いずれの運動パターンも自他動運動で各パターン100回(合計500回)を行いました。
図6に示すように、促通反復期間に明らかに麻痺の回復が促進されます。2回の訓練期間の改善の合計は通常の訓練のみの期間が0.1 ステージ、促通反復併用期間が0.9 ステージと促通反復期間の改善が有意に(p<0.01) に大きくなります。

中央値と25%-75%の分布を示します。
促通反復療法と拘束療法(CI療法: Constraint-induced movement therapy)
これまでのリハビリテーション医学・医療は新たな神経路を再建する治療技術の開発への取り組みが遅れており、従来の神経筋促通療法は新たな神経路の再建/強化が不十分ですが優れた治療法として奨励されています。
拘束運動療法(CI療法: Constraint-induced movement therapy)は、本来、麻痺は軽度で実用的機能を有するにも関わらず麻痺肢を使用しない例で用いられてきましたが、これを脳卒中回復期の麻痺が残っている例に用いる場合、課題の難易度を調整したとしても、患者に多くの試行錯誤を求めることになります。治療者は患者が意図した運動の実現を容易にするリハビリテーション治療の質の向上ならびに治療者の技量の向上を図り、多大な患者負担を軽減することに努める必要があります。
私共は、患者の負担の少ない治療で麻痺を出来るだけ改善し、その後に繰り返して課題を行う際にCI療法を考慮することを基本方針とする必要があります。
促通反復療法は、再建/強化したい神経路のみに興奮を伝え、効率的に新たな神経路の再建/強化によって片麻痺の回復を目指す優れた治療法であり、患者の負担軽減と効率的なリハビリテーション治療のために優先的に行うべき治療法といえます。
<促通反復療法による肢節運動失行の改善: 大脳皮質基底核変性症>
神経細胞の脱落が激しい変性疾患である大脳皮質基底核変性症の肢節運動失行が手指への促通反復療法の期間のみ改善を示した。残したい神経路へ繰り返し興奮を伝えることで、それが可能であることを示唆している。

経頭蓋磁気刺激法を用いて障害大脳半球や健側大脳半球の興奮水準の調整を行い、
これに促通反復療法を併用する新たな治療法を開発し、治療効果の検討を急いでいます。
片麻痺肢の機能訓練機器の開発
片麻痺肢の麻痺を改善するためには麻痺肢の運動量を増す必要がありますが、理学療法士や作業療法士の人手が足らず十分に訓練量を増やすことが出来ません。
私共は鹿児島大学工学部(辻尾教授)や教育学部(末吉助教授)と協力して、コンピュターテクノロジーを用いた多くの訓練用機器を開発し、効果を挙げています。
片麻痺下肢機能評価訓練装置

画面上に表示されて下肢マーカーを目標軌道(8字形)の上をなぞる軌道追従を行い、下肢の精緻な運動の評価や麻痺が軽度の患者さんの機能訓練に用いています。図・軌道追従訓練に示すように一日100回、10日の訓練で麻痺下肢の細かな運動が可能になります。
訓練対象は比較的麻痺が軽度の人に限られるため、多くは前述の促通反復療法後の患者さんが対象です。

<片麻痺の回復を促進するためには>
麻痺の回復に大きな影響を与えるのは病巣の部位と大きさですが、入院中のリハビリテーション治療と自宅での継続的な訓練が不足しているため、麻痺回復の可能性を十分に発揮させていない患者さんも少なくありません。
(1) 脳の可塑性が大きい脳卒中後1-2ヶ月以内に麻痺した手足をできるだけ多く動かす努力をする必要があります。私共が提唱している促通反復療法をできるだけ早期に受けられることを勧めます。
(2) 発症後3ヶ月以上を経過された患者さんは、現在の保険制度では外来で20分以上の治療を行うのは難しい状況です。家族の方が訓練法を習得され、自宅での訓練を充実させる必要があります。
当院では外来で訓練を行うだけでなく、家族の方に有効な促通手技を選択して指導しています。
(3) 麻痺の回復は感覚障害や痙性(筋のこわばり)など、多くの要因の影響を受けます。もっと、麻痺を良くしたいと強く希望される方は、一度、当科外来を受診ください。
<強制把握反射に対する新たな治療法:振動刺激による把握反射抑制>

症例2の振動刺激併用療法1ヶ月後の経過

症例1の振動刺激併用療法1ヶ月後の経過
手掌への振動刺激前後の賦活部位の変化

手掌への触刺激による賦活部位は手掌への振動刺激によって、大きく減少した。
<迷路性眼球反射 を用いた外眼筋麻痺への新たな治療法>
脳幹障害による外眼筋麻痺には有効なリハ的治療法がありませんでした。眼球運動は大脳皮質(前頭眼野)からの興奮が脳幹部の眼球運動神経核に伝わり外眼筋を収縮させることで生じています。
「迷路性眼球反射促通法」は、迷路性眼球反射による興奮と大脳皮質からの興奮を同時に眼球運動神経核伝えて眼球運動を実現し、大脳皮質から眼球運動神経核、外眼筋へと繋ぐ神経路を強化するものです。

*「迷路性眼球反射」は、迷路からの入力に基づく反射で、他動的に頭位を変化させると元の注視点を見続けるように眼球運動が生ずる現象です。
<視野欠損のリハビリテーション>

<コンピュータ化視野訓練装置>
ディスプレイ画面には訓練中、画面の真ん中にある緑色の「注視点」が現れ、 注視点を見ている間に 「刺激点」と呼ぶ点が点滅する,
刺激点の点滅が見えたらハンドスイッチを押す.
刺激点は、明るさ、大きさを細かく変更できる。
訓練中は刺激点が点滅する前にビープ音が鳴るが, 知らせるビープ音を鳴っても刺激点が現れない「プラセボ」もある。
正答率を表示し、患者の練習意欲の向上につなげている。

発症後3カ月から欠損視野周囲への視覚刺激(指標と警報音)と刺激の有無を判別する課題を行い、
1カ月間の訓練で欠損視野が縮小した.刺激点は正答率が高くなれば、自動的に欠損視野の内側へ移動する。
<分子生物学的研究>
ラット摘出骨格筋における数時間の反復ストレッチによるc-fosとMyogenin mRNA発現誘導

摘出ラット前脛骨筋をリンガー液中で2時間または4時間15回/分で反復伸長させた後RNAを抽出、ノザンブロット法にてc−fosとMyogeninのmRNA発現を測定。2時間の反復伸長でc−fos発現増加が、4時間でMyogeninの発現増加が認められ反復伸長刺激により遺伝子が活性化され、筋特異的なタンパクの合成が促進されたことがわかる。
ラット骨格筋における1時間の他動的反復ストレッチによるmyogenin mRNA発現誘導

より短時間の反復伸長刺激の効果を検討するため、深麻酔下でラットの足関節を15分間・30分間・60分間、15回/分で反復的に背屈させ、24時間後に腓腹筋を摘出、RNAを抽出し、ノザンブロット法にてMyogeninのmRNA発現を測定。1時間の反復伸長でMyogeninの発現増加が認められた。このことにより1時間の反復伸長により他動的に筋力増強を得ることができる可能性が示唆された。
脳梗塞ラットにおけるGDNF発現と機能回復
Wistar系ラット雄(8週令)用い、ペントバルビタール麻酔後頭皮を切開し頭蓋骨を露出。脳定位装置に固定、ローズベンガル20mg/kgを静注し、波長560nm,直径10mmの光線を感覚運動野に20分間照射することにより脳血栓を作成した。24時間後、72時間後、7日後、14日後に還流固定、脳を摘出し、厚さ10ミクロンの凍結切片を作成し、免疫組織化学法を用いて大脳皮質におけるGDNF(グリア由来神経栄養因子)の発現を検討した。また、Feeneyらのラット片麻痺scaleをもちいて片麻痺の機能回復過程を観察した。片麻痺の回復過程でGDNFの発現増加が見られ、回復との関連が示唆された。
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外来日(月曜日、水曜日、金曜日)は予約制で、予約の電話(0995-78-2538)は外来日の午後に受けています。
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