第56回:記憶障害

繰り返しとメモ活用を

 「記憶」は日常生活の中で大切なものですが、今回は記憶とは何か、またそれが障害された場合の対処について述べてみます。
 記憶には言葉で説明できるもの、例えば「今の総理大臣は森さんです」とか「昨日だれと会った」というようなものと、言葉で説明できないが体が覚えている動作(自転車に乗る、歯を磨くなど)の2種類あります。また、覚えることと、覚えたことを思い出すことにも分けられます。
 Sさんは32歳の女性です。突然のひどい頭痛のあと意識を失い、救急車で脳外科へ運ばれました。検査で脳の血管の変形蛇行した個所が破れたことがわかり、すぐ手術になりました。経過は順調でまひもなく回復しましたが、いつ何を食べたか、今日の予定は何か、などが思いだせません。主治医や看護婦の名前も覚えられません。
 原因は、脳の“海馬(かいば)”という記憶に大事な部分が障害されたことでした。卒業した学校や物の名前は言えることから、「新しく記憶する」ことが妨げられていることがわかります。体は動いても記憶ができないため、仕事にも復帰できず、Sさんの悩みは相当なものでした。
 記憶のリハビリでは、記憶力自体を良くする訓練とともに、できない分をメモで代用する習慣をつけていきます。また、鼻の大きい大山さんなら「鼻が山みたいに大きい大山さん」という具合に物と物を組み合わせて覚える方法も有効です。
 Sさんも、何度も同じことを口に出しながらノートに書き留めました。スケジュール帳を常に持ち歩き、「何時何分に何をした」「何時に何をする」と書き込んで、何度も確認します。料理や買い物をするときもまず手順を紙に書いて、それを見ながら順番に片づけます。
 初めは手帳に書くことを忘れたり、書いたこと自体忘れてしまったりすることもありました。しかし、次第に会った人の名前を思いだせるようになり、昨日のことや明日の予定もいくらか言えるようになりました。記憶は完全には回復しませんが、「残った神経を活用し発達させる」というリハビリの原則がうまくいったケースでした。
 年をとると物覚えが悪くなったと感じる方は多いのではないでしょうか。繰り返し覚える努力、メモの活用をおすすめします。
 (鹿児島大学医学部霧島リハビリテーションセンター・緒方敦子、田中信行)

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