第86回:患者さんの呼称

自己像決める重要因子

 79歳の女性、Xさんは重い片まひの患者さんです。ADL(日常生活動作)には多大な介助を必要としますが、何か一つでも自分でできることを増やしたいと、在宅での自主訓練にも熱心に取り組んできました。そのXさんが沈みがちになって、やる気もうせてきたように見受けられ、心配したことがあります。原因が分からず困っていたのですが、ある日訪問したときに目にした光景がその原因ではないかと思い当たりました。
 Xさんをなぐさめようと考えたお孫さんが、毎日のように友達を連れて部屋を訪ねてきては他愛もない話をしていたのですが、みんなXさんのことを下の名前で「Xちゃん」と呼んでいるのです。なるほど、小柄で笑顔を絶やさないXさんは実年齢より若く、かわいらしく見えます。「ちゃん」付けは親愛の表現だったのでしょうが、お孫さんの手を借りる立場のXさんが傷ついたであろうことは想像に難くありません。
 以前は一家の精神的な柱として大切にされていたのに障碍(しょうがい)を持ったら「ちゃん」付けでは、人生80年のプライドもズタズタです。お孫さんには「障碍はあってもおばあさんに変わりはないのだから、これまでと同じように接してください」とお願いしました。
 Xさんの気持ちに気付いたお孫さんは、何くれとなく相談を持ちかけるなど、おばあさんを立てるよう心がけてくれました。やがてXさんは以前の元気を取り戻し、再び積極的に自主訓練に取り組むようになりました。
 たかが名前の呼び方、話し方ですが、患者さん本人にとっては自己イメージを決定する重要な因子となることもあります。
 最近、患者さんのことを「○○様」と呼ぶ医療機関が増えてきました。その背景には、医療はサービス業であるという考え方(正論ですが、対価の7〜8割が健康保険から支払われるという点が特異です)や、これまで患者側の権利がないがしろにされてきたのではないかという批判と、医療従事者側の反省があると思われます。
 とはいえ、どこの医療機関も「様」付けというわけではありませんし、患者さんの受け止め方もさまざまです。大切なことはどう呼ぶかではなく、互いに対等な信頼関係を築いていくことではないでしょうか。
 (鹿児島大学医学部リハビリテーション科・東郷伸一)
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