今回紹介する観念失行とは、手のまひはないのに簡単なスプーンやくしを使えないというような奇妙な症状です。つまり道具を使いたいという考え(観念)を行動にできない(失行)ということです。なぜそんなことが起こるのかを考えることから、脳の不思議さを学ぶとともに、リハビリの方法も考えられます。
Aさんは、左の脳の脳出血により右手足のまひと失語症(言葉の理解や発話が困難になる)が生じました。左手はまひがなく自由に動かせるのに、簡単なはずのスプーンを渡しても食べ物をすくって口に持っていくことができません。トイレでおしりをふくためのちり紙を渡しても、それで顔をふこうとします。
これが観念失行といわれるもので、単に使い方が分からないとか下手というのではなく、分かっているのにその通りに手が動かせないことを指します。観念失行のある患者さんは、くしを歯ブラシのように使おうとしたり、歯ブラシを意味なく振ったりして正しく使えません。患者さんは困ってしまってご飯を手づかみで食べたり、おしりをふかずにトイレを済ませたりします。
観念失行の責任病巣は右脳の頭頂葉といわれます。われわれが道具を使うとき、まず、目で見た道具は脳の後方(後頭葉)で認知されます。その情報が道具の使い方や手の筋肉の動かし方の中枢に送られますが、頭頂葉の病変のためそれが伝わりません。つまり目で見た道具の使い方と手の動きが脳の中で一致せず、「分かっているけど使えない、あるいは間違った道具の使い方をする」のです。
従ってそのリハビリテーションとして、残存した部分やほかの神経回路を活性化するため、その道具を繰り返して使う練習(作業療法)をします。私たちの今日の行動も、そういう繰り返しでできた神経回路の成果です。訓練室だけでの練習よりも、生活の場での練習が効果があります。食事のときはおなかもすいており、おいしそうな食事が目の前にあり、ほかの人も食べています。そういう多くの刺激が脳の中のスプーンを使うという情報を働きやすくさせ、それを繰り返すことで正しい神経回路が強化されます。その結果、徐々に間違いなく行動できるようになります。
Aさんも繰り返し繰り返し、日常の中で、あるいは訓練室で実際に道具を使う訓練をしました。その結果、まず、スプーンの使い方が上手になり、次第に歯ブラシ、くしも洗面所では使えるようになりました。ただし、刺激の少ない検査場面ではうまく使えないこともあります。
観念失行は、痴ほうではなく、繰り返しのリハビリテーションが有効です。専 門家のアドバイスを受けて正しいリハビリに励んでください。
( 鹿児島大学医学部リハビリテーション科・緒方敦子、田中信行)