わたしたちが正確な運動をするためには、単に筋力のみでなく、筋や関節からの深部覚や身体の傾きを知る内耳の三半規管からの情報が必要です。小脳はこれらの情報を運動神経系に伝える中継点です。そこが脳腫瘍(しゅよう)や、小脳の梗塞、出血、外傷、有機水銀中毒(水俣病)、脊髄(せきずい)小脳変性症などで損傷されると、「小脳失調」という特有の症状が生じます。それは小脳の神経の出入り口である脳幹部の損傷でも起こります。小脳失調では、手足のまひはないのに体がふらふら揺れて、歩行や立位、時には座っていることも困難になります。手がふるえて、ものがある場所に正確に手が届かず、はしを使ったり、字を書いたりするのが非常に難しく、舌の動きの障害のために言葉もわかりにくくなります。
もともと血圧が高かったYさん(65歳男性)は、ある日強い頭痛とおう吐があり、小脳出血の診断で脳外科に入院しました。脳外科で治療後、当センターに入院しましたが、手がふるえ、スプーンでおかずをすくうことも困難でした。また、さくを握ってなんとかベッドに腰掛けることはできましたが、1人で立つことはできませんでした。話し方も言葉がとぎれとぎれでぎこちなく、食事でむせることもありました。
訓練士の介助で立位や歩行の訓練を始めましたが、足が思うところに出せず体もふらふら揺れて歩けません。そこで歩行訓練時には足に1キロのおもりをつけて過剰な振り出しを抑え、腰には深部覚を高めるために、弾性緊縛帯というベルトをしっかり巻き付けました。食事は、手首に200グラムのおもりをつけてふるえを抑え、食事にとろみを付けてむせにくくしました。足や身体の筋力増強訓練も行い、ふるえを抑える薬も使いました。この状態で平行棒での立位バランスや、手足を正確に出すフレンケル体操、積み木、描画、書字も徹底して訓練しました。1カ月後、Yさんは食事もこぼさず、歩行器で歩けるようになり、2カ月後にはふらつきはあるものの、つえをついて歩けるようになりました。
小脳失調のリハビリはもっとも難しいものの一つです。失調の程度は人によってさまざまですが、あきらめずに訓練することが大切です。
( 鹿児島大学医学部リハビリテーション科・緒方 敦子、田中 信行))