脳卒中や脊髄(せきずい)損傷、あるいは手足の切断や悪性腫瘍(しゅよう)等による重い病気や障害を受けると、気分が落ち込むのは当然のことです。しかしそれが明らかな「うつ状態」、す
なわち表情が暗くなり、訓練への意欲や活動性の低下、さらには死んだ方がよい(自殺念慮)などというようになると、リハビリの継続も困難となります。最も多い脳卒中患者では、うつ症状は
25−30%と非常に高いものですが、脳損傷の部位や性別、身体障害の程度、痛みの有無との関連も指摘されています。時に内因性うつ病(素質が関与するうつ病)が誘発される場合もあります
が、いずれも適切な薬剤治療が非常に有効です。
Aさんは52歳女性で、転移性の脳腫瘍による左片まひのリハビリのために当院へ入院しました。入院後まもなく顔面の痛みの訴えが頻回となり、表情は暗く、家族や病院に対する不満を訴
え、リハビリにも出ないことが多くなりました。病状そのものの変化はなく、うつスケールの評価からうつ状態と判断しました。うつ病は、意欲をつかさどる脳内のノルアドレナリンやセロトニン
の低下が原因といわれています。従来の三環系抗うつ薬に加えて、最近ではセロトニン再取り込み阻害剤(SSRIやSNRI)という、より副作用の少ない薬剤もよく使用されます。Aさんにも
このSSRIを開始し、また顔面の痛みに対して消炎鎮痛薬や中枢性疼痛(とうつう)に効果がある抗てんかん薬の投与も行いました。一方、うつ状態の背景には、将来への不安や孤独、周囲の理
解への不満があるといわれます。そこで集団訓練やレクリエーションの場で同じ障害を持った患者さんと接触する機会を増やし、本人や家族との面談を頻回に行うようにしました。患者さん同士の
交流や患者さんと家族との話し合いは不安を和らげ、うつ状態や不安の背景の把握にも役立ちます。その後徐々にAさんからは笑顔がみられ、スタッフへの感謝の言葉も聞かれるようになり、リハ
ビリも順調に進みました。
うつ状態は心の病気であり、本人がやる気がないとか、ただ頑張れ頑張れというのは全くの逆効果です。適切な薬剤とともに、同病の仲間や家族の温かいサポートが悪化を防ぎ、改善の糸口と
なります。私たち医療関係者もこのことをよく理解し、ご家族もリハビリチームの一員として患者さんの悩みを一緒に考えてゆくことが大切です。
(鹿児島大学医学部リハビリテーション科:堀ノ内啓介、田中 信行)