第3回:失語症から復活

「帰れコール」が励みに

 急に言葉を出せなくなったら、本人も周囲もどんなに鷲きい落胆するでしょう。失語症は左大脳半球の脳卒中や外傷が原因になって、ある日突然起こります。おしゃべりがうまくできない失語と、おしゃべりできる失語がありますが、前者がブローカ失語と呼ぱれるものです。
 典型的なブローカ失語では相手の言うことはわかっても自分の意思を伝えるのが困難、という状態になります。読み書きも障害を受けるので筆談も難しい。身ぶり手ぶりも支障をきたし、うつうつと殻に閉じこもってしまいがちです。
 中学校の教頭だったAさんは高血圧を放置して夜ごとの付き合い酒を繰り返すうちに、45歳で脳出血に見舞われ、中等度のブローカ失語を発症しました。
名詞を忘れる、助詞を間違う、言いよどみや言い換えが目立つ、キーワードが出てこないなどの症状です。
 リハビリでは対座して語頭音を与えて言わせる、名詞を与えて指ささせる、などの言語療法を進めました。さらに新聞のコラムを写してあらすじをまとめる、といった自主訓練に取り粗むうちに明るさを取り戻し、語し言葉、書き書葉の両面で著しい改善が得られていきました。
 その後、教育委員会との語し合いを経て、倒れてから6カ月後にAさんは教頭職に復帰したのです。
 病気やけがの後遺症が最終的にどのレベルに固定するかは何歳のときに、どこに、どれくらいの大きさで「事件」が起きたかに左右されますが、それに劣らず重要なのはリハビリを継続する意志です、だれでもAさんほど回復できるとは限りませんが、やる気次第でAさんに近づくことが可能になります。
 リバビリ継続の意志、それは職場や家庭に復帰したい、という切実な思いに支えられて初めて持続するものでしよう。そこにおいて同僚や家族の声援の果たす役割は実に大きいのです。
 特に失語症は経過が長いため、「七割の回復でもいいから早く帰ってきて」という“帰れコール”が強い動機付けになるようです。「あとは心配しないで」「十分に治して」という言葉は、逆に「あなたが不在でも家庭や会社には影響がないですよ」ということになってしまうので、優しいようで実は残酷以外の何ものでもありません。
(鹿児島大学医学部リハビリテーション科・川津学)

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