留学生だより

昭和大学 乳腺外科 大山宗士(平成13年入局)
第一東和会病院 北薗巌(平成14年入局)
聖路加国際病院 ブレストセンター 乳腺外科 川野純子(平成15年入局)

昭和大学 乳腺外科 大山宗士(平成13年入局)

平成22年2月より乳腺外科の勉強の為、御縁があって東京の聖路加国際病院で研修させて頂きました。(聖路加での研修内容は川野先生がみっちり書かれる事でしょう。)その時のブレストセンター長であった中村清吾先生が、6月より新設された昭和大学乳腺外科の教授として赴任される際に、「人手が足りない」との理由からお話を頂き(混乱に乗じて?)、井本教授・医局長と相談の上一緒に移動させて頂くこととなりました。先生方の寛大なご許可にに心から感謝しております。

昭和大学は昭和3年に開設された医歯薬看護学部を備える医学系総合大学で品川区にあり、五反田・大井町から乗り換えて旗の台の駅で降りるとすぐに17階建ての入院棟が見えてきます。(余談ですが、17階の食堂には帝国ホテルのコックが入っており、その下の16階には緩和病棟が存在します。「Door to heaven」は探してみましたがどうもないようです。)市電脇田駅前をどこか思わせる商店街を抜け、病院棟に入り3階に上がるとピンクを基調として新設されたブレストセンターに到着です。

「センター内で乳腺に関する検査がすべて出来る様に」と設計された為、センター内にはMRIこそ入りませんでしたがエコー3台、MMG撮影も2台(うち一台はマンモトームも可能)、生検標本がすぐ冷凍保存できる-ややうるさいのが難点ですが-大型フリーザー、データセンター、病理用顕微鏡も映写でき、webミーティングも可能なカンファレンスルーム(実際に緊急手術の為に東京発の新幹線を品川で飛び降りてきた教授の、京都での講演会の予定をここからSkypeで繋いで何とか事なきを得たこともありました...)など各種最新鋭の機材が揃っています。ここで週一回の新患/再診外来で適切かつ効率的な診療を考え、必要に応じてNCCN/日本のガイドラインやUP TO DATE、Adjuvant online、或はPUBMEDに四苦八苦し、毎日撮影されるマンモグラフィを読影しては放射線科Drのチェックをもらい、エコーガイド下の細胞診/針生検などを行い、時には緊急コールである「コードブルー」に反応したりしながら診断・手技に精進の日々を過ごしています。

乳腺外科は6月からの立ち上げでしたが、以前より消化器外科の枠内で診療を行われていた講師・助教の先生と、新たに昭和大学に加わった教授を始めとした(私を含めて)8名の計10名でスタートしました。当初は医局もがらんどうの部屋だけで単なる物置でしかありませんでしたが、当科の半数以上を占める女性医師のvitalityによってあっという間に整備され、しまいには私のサイズでも横になれるソファベッドまで調達されてきました。新設の講座の為、ホームグラウンドたる病棟も決定しておらず8階/9階の4つの病棟を行ったり来たりの毎日です。乳房温存手術の場合手術前日に入院してもらい、術後問題なければ二日目に退院してしまいますので入れ替えが激しく、少し病院を離れていただけでちょっとした浦島太郎状態となります。一方で再発患者も必ず数人は入院しており、その病状も様々でstableな転院待ちの方もいればゆっくりとしたdown hillの方、あるいは腫瘍崩壊症候群で透析が必要となったり、骨転移からの下肢麻痺といったtumor crisisの患者など千差万別です。再発患者の治療方針に関しては、教授の意向もあり週一回各病棟の婦長・リーダー、外来看護士、緩和チーム、薬剤師、退院支援センター看護士、そして病棟医が一同に集うカンファレンスで細かいデータやこれまでの治療経過のチェック、そして今後の治療方針(レジメン変更やbest care supportへの転向など)について決定していきます。

手術日は週二日であり、手術は一日に一応4件迄とされていますが気がつけば6件+局麻下生検などが組まれてしまい、定期手術の空きを待って部屋をたすきがけの様に準備してこなす事もままあります。手術に関しては前週の術前カンファレンスで放射線科医/病理医の同席の元、手術症例についてプレゼンテーションを行いますが、教授やスタッフの鋭い指摘を受け、毎回冷や汗をかきながら...です。手術内容も温存術/全摘術、センチネルリンパ節生検/腋窩廓清、全摘術の場合は術後の再建用にエキスパンダー挿入の有無も含めた様々なバリエーションが存在します。また手術のやり方も術者によって色々な違いがあり、温存術一つ取っても皮切を腫瘤の直上に置くのか傍乳輪切開で入るのか、電気メスだけで切除するのか熱メスを併用するのか。エキスパンダーの挿入の際に大胸筋のどこを外すのか、センチネルの同定に関しても色素法、RI法、ICG法などなど・・・。鹿児島に帰った際にどれが取り入れられるかと考えながら、色々と経験させて頂いています。

6月の初めの頃は学会が重なった事もありさすがに患者数も少なく、専任の外来の看護士さん達3名も人員削減を危惧していました。が徐々に周囲に浸透していくにつれ紹介数も増加し、のどかな日々がやや懐かしくなってきています。患者数の増加に従って雑多な仕事量も増えてきたところで、後期研修医・大学院生の二人の4年目のDrがほぼ同時に産休に入ってしまいました。5年目のDrが現在出張に出ていることもあり病棟医の当直できる医師の数が半減し、どうなることかと心配していました。が、9月より気がつけば一名増員され何とかこなしています。

東京に出てきて鹿児島と違うと感じた点の一つとして、勉強会の頻度が挙げられます。病院主体で行われるものは変わらないものの当科主催で行うもの(遺伝性乳癌/卵巣癌やpsycho oncology等)、あるいは教授の仕事に関するもの-乳癌診療ガイドライン委員長をされている関係で、当院で各ガイドラインの改訂作業を行った際は、当代指折りの先生方がどうやって議論の進めるかを(お手伝いがてら)実際に目の当たりに出来ました-、薬品会社主催の勉強会(下手すれば各週末に行われ、その内容も海外からのゲストを呼ぶこともあるため、もっと英語が使えればと残念に思うことも時々あります・・ただの栄養補給として使っているだけではナイデスヨ?) etc,etc...

このように、大学での旧第2外科や関連病院で過ごした怒濤の日々よりは幾分ゆっくりですが(終電を考えなければなりませんので)、乳腺に関する研修を十二分にさせて頂いています。東京に出てきてまだ1年経ってないというのが信じられないほどです。このような貴重な経験を積ませて頂いている事と、非常に人のやり繰りの苦しい中研修に送り出して頂いた医局員の皆様、着任早々私の我がままを受け入れて下さった井本教授には重ねて感謝するほかありません。本当に有難うございました。出来る事ならばここで得た経験が、この先皆様の少しでもお役に立てる様願いながら留学頼りを終えさせて頂きます。

追伸:もし乳腺の研修を希望される際はいつでも相談に乗るので興味があれば是非・・と中村教授よりの伝言です。まだ人員には若干の余裕がありますので... (医局長を通じてね!!...これで許してもらえるかな?)

第一東和会病院 北薗巌(平成14年入局)

平成24年8月から、第一東和会病院 内視鏡外科センターの医師として在籍し、藤村昌樹院長、佐藤 功副院長の指導のもと、内視鏡外科手技取得を目的にトレーニングを行っています。

当病院は、現在病床数243床、常勤医師36名であり、北摂地区(人口170万人)の中核病院として機能しています。病院のある高槻市は、大阪平野の北東にあって、京都と大阪の中間に位置しています。

北は北摂山地に連なる山並みと丘陵、南は山間から流れ出る芥川・桧尾川などによって形成された平野が広がり、 琵琶湖から大阪湾に流れる淀川が市域の南の境になっています。

当院内視鏡外科センターは、藤村昌樹院長、佐藤 功副院長を中心とした8人体制で診療を行なっています。

月〜土まで外来・手術・病棟・救急対応など忙しくも上手く仕事を分担して日々の診療をこなしています。

主に、胆石症、総胆管結石症など、7人の技術認定医を中心に、年間約700例の内視鏡外科手術を行っています。

当院の特徴としては、総胆管結石症に対する内視鏡外科手術を得意としています。総胆管結石症は、技術認定医への審査ビデオ症例となっています。

また、今年の6月から、外来および手術室が新しく増築され、最新の内視鏡システムで手術ができ環境面に関しても大変恵まれています。

この病院に赴任し3ヵ月が経過しました。高槻市の環境にも慣れ、火山灰の無い生活がこんなにも良いものかと実感しています。

当院では手術の8割以上が内視鏡外科手術となっています。

執刀医もさせていただきながら、7人の技術認定医の先生方に指導していただき大変光栄に思っています。

少しでも多くの内視鏡外科技術を学んでいきたいと思っています。


写真:絞扼性イレウスの症例(佐藤副院長と)

聖路加国際病院 ブレストセンター 乳腺外科 川野純子(平成15年入局)

2010年5月より、聖路加国際病院乳腺外科でクリニカルフェローとして研修させていただいています。振り返ってみると約3年間の留学となりました。

乳腺外科として、診断から治療方針の検討、化学療法や手術、経過観察やお看取りまで様々な場面を経験させていただきました。

同時に放射線科や病理診断科のローテーションもする機会を得ました。

今年は、3月には米国腫瘍外科学会(SSO)、9月には欧州腫瘍学会(ESMO)でそれぞれポスター発表に行くことができました。 初めての国際学会で、世界の中での自分の立ち位置を考えるよい経験になりました。症例が多い中で、漫然と日常業務に埋もれてしまうことなく情報を積み重ねて、データとして発信する義務があることを痛感しました。

また、日常診療では、たくさんの患者さんやご家族の方々に出会い、それぞれの場面での分岐点に立ち会う度に、今このような環境で働かせていただいていることに感謝し、選択肢を十分に提示できる診療体制をつくることの重要性を感じます。

他科多職種とのチーム医療が叫ばれて久しくなりますが、忙しい中、定期的に多職種カンファレンスを行うことは我々の努力なしでは継続できません。

患者さんの状態、社会的背景について皆が同じ方向を向いて介入し向かい合う体制は一朝一夕にできるものではなく、時に迅速性を求められ臨時カンファレンスを開催することもしばしばありました。

聖路加のブレストセンターで学んだことのひとつである、この連携体制を地道に継続してつくっていくことが今後の私に課せられた使命であると思います。

妊娠期乳癌の臨床試験の担当となり、若年発症ゆえの遺伝との関連、妊娠中に手術や化学療法を行うこと、胎児への影響など、情報や経験が限られる中、貴重な場面に立ち会わせていただきました。

この情報ももっと広く世界に発信すべきと考えています。また、同じ状況になった若い患者さん方に、治療の選択肢を十分に提示できる環境が必要であると、ここでも強く感じました。