鹿児島大学法医学

鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科
健康科学専攻 社会・行動医学 法医学分野

研究内容

びまん性頭部外傷の診断法に関する研究

 外傷性脳損傷は,法医解剖の中でも例数が多いものの一つであり,正確な診断が必要不可欠です。さらに,頭部への外力の作用時期が問題になることも多く,受傷後の経過時間も重要な検討項目の一つとなってなっています。ところが,外傷性脳損傷のうちびまん性外傷性脳損傷と呼ばれる病態は,脳挫傷などの局所性脳損傷を伴うことが少なく,特に受傷後短時間で死亡した例では診断が極めて困難です。その代表的な病態がびまん性外傷性軸索損傷diffuse traumatic axonal injury(TAI)です。近年,軸索内輸送蛋白を指標とした免疫組織化学を用いたTAIの診断法が報告され,その有効性が受け入れられつつあります。しかしながら,現在の方法では受傷後の生存時間が短い例では診断できず,また低酸素血症など外傷以外の病因に基づく軸索損傷と鑑別できない等の問題点も指摘されてきました。
 われわれの教室では,外傷性脳損傷,特にTAIの脳におけるβ-Amyloid precursor protein (β-APP)やNeuron specific protein (NSE)などの軸索内輸送蛋白や,Interleukin(IL)-1βやIL-8などの炎症性サイトカイン発現の動向を免疫組織学的に検討し,TAIの早期診断法,他の軸索損傷との鑑別法及び受傷後経過時間の推定法の開発を目指しています。

虐待が諸臓器に及ぼす影響に関する研究

 近年,小児・配偶者・高齢者に対する虐待が社会問題となっており,法医解剖でも虐待死例をたびたび経験しますが,虐待の法医学的診断法は確立されていません。ところで,被虐待者は長期的な身体的・精神的ストレスに曝されているため,視床下部‐下垂体‐副腎皮質系,交感神経‐副腎髄質系などによる神経・内分泌系を介したストレスに対する生体反応の動態に変化が起こっていると考えられます。また,外傷性ショックや出血性ショックの際に好中球による臓器侵襲がみられるのと同様に,虐待による広範かつ繰り返す外傷が各種の炎症性メディエーターを動員し,好中球が諸臓器に浸潤し組織障害をもたらす可能性も示唆されます。さらに,脳の神経線維にも新旧混在した損傷が存在しているものと思われます。
 われわれの教室では,虐待に基づくこれらの臓器の変化を総合して検討することによって,新たな虐待の法医学的証明法の確立を目指しています。また,各臓器・組織の経時的変化を検討することによって,虐待期間の推定法の確立も試みています。