鹿児島大学 医歯学教育開発センター

教員日誌医歯学だより

No.22 医学生として成長する

高校を卒業した学生が医学部に入学し、6年後に卒業して研修医として仕事を始めます。研修医は、指導医の監督下に限られますが、医師免許を有した職員として採用された初日から医師のみに認められている医療を行うことが許可された専門家です。患者の命と生活〜人生〜の責任の一端を担い、信頼されて業務を行い、責任を果たして尊敬される医師であり続けることが求められる身分です。たった6年間で、親と高校や予備校の先生を頼って勉強しかしてこなかった世間知らずの高校生を、少なくとも受け持ち患者から信頼される研修医として送り出すのが、医学部の役目です。

医師が身につける必要がある能力は、医学教育の先進国では古くからたびたび議論され、1990年代からは教育・研修・資格試験の枠組みとして整備されてきました。知識、技能だけでは足りないことは勿論、いかに適切に医療の場で実践するか、さらに、患者・社会・医療チームから信頼され患者を尊重した安全な医療を推進し、社会の利益を優先して責任を果たし、リーダーシップを発揮し、プライベートの生活と両立させて業務を継続する、新しい医学・医療の情報を取り入れ適切に活用できることなどが、「必須の要件」として医学生にも求められています。医師の資格を取得するとはそういう人間になることです。

これまでは国家試験に合格する知識さえ修得できたら卒業させる時代でした。「必須の要件」を備えた医師養成が、やっと日本の医学部の課題になってきたところですが、この要件には、修得した能力を発揮する自信が必要なこと、情緒的成長や社会性の獲得が含まれていることはまだまだ日本では十分に理解されていないのではないかと思います。

医師としての振る舞い、考え方、価値観、責任感、倫理的行動は、医療の現場で、医師をロールモデルとして実践していくことでしか修得できないものです。部活で集団での行動を、アルバイトで社会性をという教員もおりますが、これは日本だけの話です。医療と切り離された経験で身につくような汎用的な能力では、医学生としては明らかに不足しますし、空いた時間の大半は自習し、短時間で気分転換や社会活動、健康の維持をするのが医学生と考えられています。また、部活で身につくのが「体育会系」的人間関係であれば、医療者に求められている対人関係とは明らかに異なります。

本来であれば、社会人としての常識を備えた学生を医学部に受入れられればよいのですが、日本の教育制度では、医学部をめざして脇目もふらず受験勉強に集中して暗記とドリルをくり返し、試験対策=勉強と誤解している学生、面接試験では試験対策で準備した答えをたとえ自分の意図と反していても躊躇無く言える学生が医学部に入学します。社会性や基本的な対人関係を高校までに身につけていない上に、試験対策が絶対的な価値を持つことを経験した学生です。そのような学生が、次は卒業して国家試験に合格できれば良いと考えれば、入学前の学習で培い役立った考え方、習慣を改めなくても卒業して医師免許を手にすることができるのが、今の日本の医学教育です。そのような状況でありまがらも、学生が、患者のため、社会のために行動し、いつ遭遇するかわからない疾患を診療するためにゴールのない勉強をし、自分とは異なる価値観を持っている患者に共感し、正直に対応し、困っている同僚を助け、誰に評価されなくても医療を担う責任感から生涯勉強し続ける人材を育成することを医学教育は目指しているのですが、それがいかに困難な要求であるか、お判りいただけるでしょうか。

受験勉強を突破した学生は、だまっていても要領よく試験に合格する方法を実践します。医学部では入学直後から医学生としての考え方を共有し、様々な体験から医療者として期待されていることを実感し、自分で課題を見つけて自習する習慣をつけるように誘導し、アドバイズします。医学部教員は、医師になりたいという意志と適性をもった学生に、医師になる上で必要なことを何でも学習することを指導し、望ましい医師としてのあり方を臨床の場で示して学生の目標を明確にし、学生が経験しながら自ら気づいて学ぶように背中を押すような教育をしなければなりません。学生を指導する教員の態度も非常に重要になっており、後輩である医学生を暖かく、厳しく指導して、学生が学ぶことの重要性も面白さも感じながら医師らしく成長できるカリキュラムを作ります。これが現在の医学教育学の基本的考え方です。学生がそのような学び方を、非効率的で意味のないことと思うのであれば、まだまだ医学生として未熟です。学生が医学生として行動し、やがて研修医として行動できるように成長するためには、自立していく環境と時間がどうしても必要です。

学生の多くは、早く臨床実習を受けたい、早く研修医になって責任ある立場で働きたいと考え、行動するのですが、実際の学生の様子には、まるで、医師になることを先延ばししたいかのような行動が見られます。依存的であった学生が自立することの怖さ、まだ学生でいたいという思いの現れと理解することもできます。医師になりたいと思わない学生をなんとか試験に合格させることはできても、良医にすることはできません。

先に述べた教育・研修・資格試験の枠組みとは、本質的な医師養成へのチャレンジであり、具体的な方針、方策となっています。日本の医学部が「試験対策」を続けるのか、本質的な医師養成に取り組むことを尊重し、それを評価するのかが問われています。

 

このページのTOPへ