鹿児島大学院 医歯学総合研究科 先進治療学専攻

腫瘍学講座 人体がん病理学 (旧第二病理)

米澤傑教授が、「日本病理学賞」を受賞し、宿題報告講演が大好評を博しました

 平成22年4月28日(水) 、東京での第99回日本病理学会総会において、米澤傑教授が、宿題報告講演「ムチン:ヒト癌における臨床病理学的意義と遺伝子発現機構の解明から腫瘍悪性度早期診断システムの構築まで 」 を無事に終了し、日本病理学会員にとって最高の名誉である「日本病理学賞」を受賞した。鹿児島大学では初めての受賞となる。 「宿題報告」は、日本病理学会に特有の日本病理学賞受賞記念「拡大版特別講演」で、1年に、全国で3名のみ、学術委員会の厳正な審査を経ての学術委員の投票によって演者が選ばれ、第99回日本病理学会総会会長の順天堂大学・樋野興夫教授が、会長あいさつにおいて「日本病理学会総会の基軸である宿題報告」と述べているように(日本病理学会会誌 第99巻 第1号 2010)、春に行われる3日間の日本病理学会総会において、1日に1講演ずつ、その日のプログラムのメインとして行われる。通常の教育講演やシンポジウム等はいくつもの分科会場で平行して行われるが、この「宿題報告」の時には、他の会場はすべてクローズにして、参加者全員がメイン会場に集まり「宿題報告」を聞くという、ある意味では大変な重圧でもある。

病理学賞_賞状

 平成20年の日本病理学会秋期特別総会(11月20日〜21日、松山市)において、米澤教授が、日本病理学会賞(宿題報告)に決まったことが公表されて以来、一年半をかけて、これまでの業績の上に、さらに研究成果を積み重ねるようにとの「宿題」を、日本病理学会から課されていたことになるが、教室員一同鋭意努力を積み重ねてきた成果が実り、多くの称賛が寄せられた。


公演中


 米澤教授の宿題報告講演は、まず、ヒト腫瘍におけるムチン発現の臨床病理学的研究の膨大なデータが示され、続いて、ムチンの遺伝子発現機構の解明の分子生物学的知見について2件の特許出願中案件の概要も盛り込まれた独創的な研究が報告され、さらに、それらの全てを集約しての腫瘍悪性度早期診断システムの構築にまで及んだ。 日本病理学会会誌 第99巻 第1号 (2010年)に掲載された、米澤傑教授の宿題報告の抄録は、以下の通りである。




宿題報告の演題名


「ムチン:ヒト癌における臨床病理学的意義と遺伝 子発現機構の解明から腫瘍悪性度早期診断システムの構築まで」


米澤 傑

鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 先進治療科学専攻 腫瘍学講座 人体がん病理学


はじめに


 上皮細胞の表面を覆うことにより体内のホメオスターシスを保っている高分子糖蛋白である「ムチン」には、消化管粘膜の表面を保護したり食物や便の通りをよくする「分泌ムチン」と、細胞膜に結合してシグナル伝達により細胞の増殖や分化等に関連している「膜結合ムチン」があり、各々のムチンは特有な一定配列の繰り返し構造(tandem repeat)をもつコア蛋白と、そのセリンとスレオニン残基にO-グリコシド結合する糖鎖をクラスター状に多数有する。


ムチン型糖鎖のヒト腫瘍における発現とその臨床病理学的意義


 独特のコア蛋白を有する高分子糖蛋白であるムチンは、外側を取巻く厚い糖鎖にはばまれ、四半世紀前にはその構造さえよく分かっていなかった。我々は、当時でも解析が行い得た末端糖鎖の研究から着手し、大腸におけるUlexレクチン結合性糖抗原の発現の左右差や癌巣での高発現を明らかにしたのを発端に、糖鎖根幹部の異常糖抗原・シアリルTnを含むムチン型糖鎖の各種ヒト癌における腫瘍マーカーとしての有用性を明らかにして、腫瘍マーカーの検査項目として実用化されているSTN等の基礎固めを行った。


ムチンコア蛋白のヒト腫瘍における発現とその臨床病理学的意義


 80年代後半、分子生物学的解明が行われ始めたムチンコア蛋白は「MUC」と呼ばれるようになり、cDNAがクローニングされた順に番号がついている。90年代初頭に、我々は、膵癌はMUC1(汎上皮性膜結合ムチン)[+]・MUC2(腸型分泌ムチン)[-]、逆に、膵癌に比べて予後良好な膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)はMUC1[-]・MUC2[+]という対照的なムチン発現を呈する事実を世界に先駆けて報告した事を端緒とし、様々なヒト腫瘍におけるムチンの発現と、生命予後を含む臨床病理学的因子との比較検討を行ってきた。


(1) 膵腫瘍


 膵癌はMUC1[+]・MUC2[-]・MUC5AC(胃表層粘膜型分泌ムチン)[+]・MUC6(胃幽門腺型分泌ムチン)[+/-]である。IPMNの大部分は2つの組織亜型に分類され、IPMN-intestinal type(組織像が大腸絨毛腫瘍に似ており、主膵管に発生することが多く、癌併発頻度が高く、その浸潤癌部位にはMUC1の発現もみられるようになる)はMUC1[-]・MUC2[+]・MUC5AC[+]・MUC6[+/-]、一方、IPMN-gastric type(組織像が胃粘膜の表層粘液細胞に似ており、分枝膵管に発生することが多く、癌併発頻度は低く予後良好で、手術の必要もなく経過観察のみでよい症例も多い)ではMUC1[-]・MUC2[-]・MUC5AC[+]・MUC6[+]である。このように、ムチン発現はその臨床的対処法に関連するIPMNの亜型分類に大変有用である。


 その後、膵癌の検索で、MUC4(気管支型膜結合ムチン)の高発現が予後不良因子であることも見出した。  膵癌の前癌病変と考えられているPancreatic intraepithelial neoplasia (PanIN)でのムチン発現には以下のような特徴がある。(1) MUC1は異型度が高くなるにつれて発現頻度が上昇する。(2) MUC2はどの段階のPanINにも発現せず、MUC2を発現するIPMN-intestinal typeとの鑑別に有用である。(3) MUC5ACは正常膵管には発現しないが、PanIN-1の段階からすべての異型度に高率に発現する。


(2) 胆道系腫瘍


 肝内胆管の腫瘍においても、浸潤性に発育し予後不良の肝内胆管癌は膵癌と同様にMUC1[+]・MUC2[-]であった。膨張性に発育し比較的予後の良い腫瘍である粘液産生胆管腫瘍(MPBT)も2つの組織亜型に分類され、膵のIPMN-intestinal typeに酷似するMPBT-columnar typeはMUC1:41%・MUC2:95%、立方状の腫瘍細胞からなるMPBT-cuboidal typeはMUC1:50%・MUC2:50%の発現率であったが、MUC1の発現を伴う浸潤性増殖がみられたMPBTのcolumnar typeはcuboidal typeよりも明らかに予後が不良であった。  肝外胆管癌やファーター乳頭部癌において、MUC1[+]症例はMUC1[-]症例より有意に予後が悪く、一方、MUC2[+]症例はMUC2[-]症例より有意に予後が良かった。  なお、MUC4の発現は肝内胆管癌と肝外胆管癌の検索においても有意な予後不良因子であった。


(3) 消化管腫瘍


 胃癌において、MUC1[+]・MUC2[-]の群は予後が最も悪く、逆にMUC1[-]・MUC2[+]の群は予後が最も良かった。  大腸では、MUC1は癌に低率であるが発現し、MUC2は腺腫から癌へと異型度が増すにつれて発現率が低くなった。  食道扁平上皮癌では、MUC1の高発現群は低発現群より明らかに予後不良であった。


(4) 肺腺癌


 3cm以下の肺腺癌の検索で、MUC1とSurfactant apoprotein A (SP-A)の組み合わせ評価を行ったところ、MUC1>SP-A群がMUC1≦SP-A群より明らかに予後不良であり、またMUC4高発現群は予後不良であった。


(5) 婦人科系腫瘍等


 卵巣粘液性腫瘍においてMUC1の発現率は悪性化に比例して高くなり、子宮頸部腺癌ではMUC1[+]の群はdisease-free survivalが有意に低かった。  乳癌において、MUC1は浸潤性乳管癌と粘液癌の双方において高発現していたが、MUC2は浸潤性乳管癌に較べて粘液癌では有意に高い発現率を示した。  乳房外パジェット病において、パジェット細胞にMUC1とMUC5ACは[+]であったがMUC2とMUC6は[-]であり、その浸潤性病変においてMUC5ACは消失するがMUC1は高発現していた。


ムチンコア蛋白の遺伝子発現機構


 以上のような臨床病理学的検索結果をまとめると、概ね、MUC1とMUC4は「予後不良因子」、MUC2は「予後良好因子(ただしMUC2を発現するIPMNのような良性腫瘍も悪性化をするとその浸潤部にはMUC1が発現するようになり予後不良となる)」、MUC5ACは一部の腫瘍の「早期マーカー」ということができる。これらのムチンの遺伝子発現機構の解明を試み、MUC1の遺伝子発現がプロモーター領域におけるエピジェネティクス機構により制御されている事を世界で初めて解明し、MUC2とMUC4も同様の機構で制御されている事をも詳細に解析した。MUC5ACの発現にはプロモーター領域のかなり上流のDNAメチル化が関与していることも明らかにした。


ムチンの遺伝子発現を応用した腫瘍早期診断システム


 ムチンの遺伝子発現におけるエピジェネティクス解析を応用し、胆汁等の排出液を用いて難治性の膵胆管系癌をその悪性度や進展度まで併せて早期診断するシステムの構築を目指している。

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