虚血性心疾患

冠動脈バイパス術(CABG)

虚血性心疾患に対する内科的・外科的治療も過去10数年間で大きく変遷しました。まず、 図1  の心臓の表面を走っている冠動脈の狭窄によって起こる狭心症に対する治療ですが、心臓カテーテル治療としての最大のトピックは、従来のステントと比べ、再狭窄率が著しく低いとの期待を背負って導入された薬剤溶出ステント(DES)です。DESにより今後は冠動脈バイパス術(CABG)は無くなるのではないかとまで言われましたが、その後の臨床成績によりますと、従来のステントと比較してDES治療後も遠隔期生存率は有意には改善せず、特に糖尿病や冠動脈3枝病変を有する患者さんの場合、依然として遠隔期成績はCABGが有利との文献も散見されるようになりました。

CABGの術式に関しても大きな変化がありました。従来の人工心肺装置を使用し心臓を止めて行ってきた方法では、術前より腎臓、肺、脳などの重要臓器に障害がある場合に、それらの臓器障害を増悪させることがあるとの反省より、国内外で心拍動下のCABG(OPCAB)が急速に導入された結果、2004年では国内で施行されたCABGの約60%がOPCABで施行されるようになりました(図2 )。しかし、OPCAB症例の増加に伴い、OPCABの功罪が次第に明らかになり、特に手術中の急変時の問題等で、国内ではそれ以上のOPCABが占める割合の増加は無く、寧ろ欧米では減少傾向さえ見られるようになりました。また、予想に反して手術直後の合併症の頻度や遠隔期予後でも有意な相違がなく、最近では、唯一術前に前述の臓器障害を有するハイリスクの患者さんにおいてOPCABの成績が優れていたとのOPCABの世界的Opinion leaderからの発表もありました。

他方、5年前にはバイパスに使用する血管として動脈グラフトを可及的に使用する傾向が特に国内では強かったのですが(図3 )、現在はやや減少した印象です。また内胸動脈以外の動脈グラフトの長期開存性が従来の足の静脈グラフトのそれより優位である点が明確でないことも判明して来ました。

当科でも、これまで動脈グラフトを多用したOPCABを中心に施行してきましたが、このような、ここ1〜2年のCABGに対する考え方の変遷に柔軟に対応し、個々の患者さんの状態に合わせて、OPCABか、人工心肺装置を用いた心停止下のCABGか、または心機能が悪く循環動態が不安定な患者さんには人工心肺装置は使用するものの心臓を止めずに行うCABGか、を選択する方針へ変更しました。

虚血性心筋症及び虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する手術

1.はじめに

冠動脈が急に詰まってしまうと急性心筋梗塞になり、血流が無くなった心臓の筋肉は壊死に陥り、最悪の場合破裂し死に至る場合もあります。運よくこのような危機を乗り切れても、梗塞(壊死)の部分は収縮出来なくなり、時間が経つと共に薄く硬い組織に置き換わり、心臓のポンプとしての機能は大幅に低下します。また収縮しない部分が増えた分、より健常な部分への負担が持続的に増大し、心臓全体が次第に拡張し、さらに収縮する力が低下していきます。この経過は心筋梗塞後のリモデリングと呼ばれる変化で、心臓の全体的な収縮能低下から内科的治療に抵抗する重症心不全を繰り返すようになります。この病態を虚血性心筋症と言います(図4 )。

一方、このような経過で心臓が拡大すると、次のような変化が起こります。心臓の中の左上の部屋(左房)と左下の部屋(左室)を境する僧帽弁と呼ばれる弁がありますが、図4では、上の部屋が左室、下の部屋が左房となっています。図5右のように梗塞後左室拡大(LV dilatation)で心臓が大きくなると、その弁を引っ張るパラシュートのヒモ(腱索と言います)のような組織もその根っこ(乳頭筋と言います)ごと外の方向に移動します。その結果、僧帽弁まで引っ張られて、弁の先が合わなくなり(閉鎖不全と言います)、逆流を起こします。このようにして引き起こされる弁の逆流を虚血性僧帽弁閉鎖不全症と言います(図5 )。

2.虚血性心筋症に対する手術

心筋梗塞後のリモデリングの結果、1)高度の心不全 2)心臓の高度の拡大 3)心臓の収縮する力の高度の低下の条件を満たし、心臓の超音波検査や心臓カテーテル検査の結果、拡大した左室を縫い縮めることが出来る場合には、 図6  で示しますような手術(左室形成術)を行います。上から順に須磨先生、松居先生、Batista先生が考案された手術法で、梗塞部位や範囲によって使い分けています。

※当科では、虚血性心筋症に対し70例以上の左室形成術を施行しました。

3.虚血性僧帽弁閉鎖不全に対する手術

虚血性僧帽弁閉鎖不全に対する手術として、CABGに加えて 図7  のような僧帽弁の周囲にリングを縫い付け周囲を縮める方法が一般的ですが、これに加えて 図8  のように僧帽弁を特に強く引っ張っているパラシュートのヒモ(腱索と言います)を切ったり、 図9  のように離れてしまったその付け根の部分(乳頭筋と言います)を寄せたりして、僧帽弁を引っ張る力を減らすことで逆流をなくそうとの試みもしています。

※当科では虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対し80例以上の手術を施行しました。

4.最後に

虚血性心筋症及び虚血性僧帽弁閉鎖不全症に関しましては、その病気の背景が未だ十分に分かってない領域です。今後とも循環器内科の先生と協力しあってより良い治療を目指して行きたいと思います。