教授の雑文Essay

TTの魔力

2021年11月

 お笑いコンビ チョコレート・プラネットの「TT兄弟」ではなく、韓国 TWICEの曲「TT」でもない。話題は、喘息やCOPDに対する治療の考え方「Treatable Traitsアプローチ」のことである。それは、喘息やCOPDだけでなく、感染症、膠原病、心臓、鼻や副鼻腔、電解質異常など、全身を診て包括的に治療しようとするものだ。

 似たところが多い喘息とCOPDは、両者の合併例もあり、治療への反応が多様なため、患者さん毎に治療を最適化する必要がある。そこで、実臨床でも評価が可能な患者さんの臨床特性(Traits)に注目し、その中でも治療可能な特性(Treatable traits)を総合的に評価することで、治療を最適化しようとする考え方で、注目するのは、主にCOPDの治療戦略を提案するGOLDのグループから提唱されたことである。これまで我々が実践してきたことと何ら変わりはないが、Precision medicineや個別化医療の実践法として話題になっている。
 よくよく話を聞いてみると、なかなか新規治療薬が登場しないCOPD領域の事情など、様々な背景があるようだ。それら逆境の中で、注目をあびる言葉を見つけ出し、全く新しいものとして魔法のようにそれを広める行動力。見習うべき能力と思う。

 しかし、そこでは喘息の治療戦略を提案するGINAの「段階的治療」の考えは画一的なone-size-fits-all アプローチとして非難され、我々GINAのグループメンバーは良い気持ちはしていない。
 勿論、喘息の治療指針をまとめている我々GINAのグループメンバーは、COPDのexpertsの一人とも自負している。まさに分子標的薬である抗サイトカイン抗体薬など、重症喘息での有効性が実臨床でも明らかになった今、Precision medicineや個別化医療の方向性、さらにはTTの方向性も、大きく誤っていないだろう。
 そこで多勢に無勢の中、強力なTT推進派から非難され責められながらも、GINAのメンバーとしては最大限の譲歩をしつつ、総説として9月にまとめることができた(Respir Med 2021;doi:10.1016/j.rmed.2021.106572)。お互いに非難しあう状況から、これが明るい兆しとなり、個別化医療としてのTTアプローチが進むことを信じている。

 勿論、GINAも一枚岩ではない。譲歩した我々と、譲歩したくない者。実臨床への普及を重んじる者、それは専門の方々に任せようという者。多くのメンバーが英語はネイティブであるが、英会話に苦労する私のようなメンバーもいる。しかし、様々な視点からの意見や判断、コミュニケーション、まさに多様性を重要視する。お互いに信頼し合い、敬意を持って接していれば、言葉の壁は案外低いものだと感じている。

 2021年も残り約2ヶ月。海外をみると、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が進んだ国でも、感染者は再び増加しているようだ。
 鹿児島で診療を担当する我々にとっても、コロナの第5波は厳しく辛いものだった。その中、中等症や重症のコロナ診療を担当する我々呼吸器内科と集中治療部に、今年9月から研修医のローテーションがなくなってしまった。彼ら彼女らの希望のようだが、コロナ診療を担当したくないということだろうか。医療従事者の感染は時々報道されるが、コロナ診療を担当する呼吸器内科医が感染したという話は、少なくとも日本国内では全く無いのだが。

 損なことはしたくないという考えが若者に広がっていると言われて久しい。医療界にも感染症に対しても、その考えが蔓延しているのだろうか。人間はこれまで、伝染病に対してはグローバルに見て対応し、それを乗り越えてきた。周囲にも成功したモデルが存在しない時代で、利他的な人達を尊敬し、生きていく社会をよりよくするために勉強しろと教えられたが、今、子ども達が受けているのは、自分の将来のためだけの勉強をする指導のように感じる。
 何より、新しいウイルスに若者は好奇心を刺激されないのか?臨床医として、未知の現象を追う科学者として、みたい知りたい、そして闘いたいという衝動が起こらないのか?不思議である。
今年ノーベル賞を受賞した地球温暖化理論の事実上の提唱者 眞鍋淑郎氏は、今ここまできたのは好奇心に導かれた と語っている。

 夏には、アニメ映画「竜とそばかすの姫」を観た。本編の素晴らしさは勿論のとこだが、エンドロールの長さに驚く。それは、声優や俳優、音楽、デザイン、アニメーション、CGなど、各ジャンルに多様性溢れる才能の集結である。数十億人が集うネット上の仮想世界。主人公は、周囲との調和を重んじ他人にどう思われるかを常に気にしなくてはならない社会に悩み葛藤しながら、勇気と希望を持って懸命に未来へ歩く。
 その世界は直ぐそこまで来ている。
「感染症を診る診療科か、それ以外か。」
 これは極端な二者択一であると思う。しかし、慌てることはない。今は、既存のコンセンサスや先入観に縛られない自由な発想、多様性の時代である。その時の選択を、選び直すことはいつでもできる。

 TTに戻ろう。ここでは、韓国のエンターテインメントである。「TWICE」、「NiziU(ニジュー)」、「BTS」、そしてアカデミー賞の「パラサイト」。グローバル市場で成功するには言語や人種といった「見えない壁」があると信じていた。BTSやパラサイトは、それを打ち破ったのだ。
 BTSの成功には育成システムがあり、ダンスの訓練を続けて、厳しい競争を勝ち抜いてようやくデビューできるという。その完成されたパフォーマンスに世界が熱狂する。動画を用いた多言語でのネット発信も有効だったようだ。
 デジタル配信の発展で、急速な変化に対応しなければ淘汰されてしまうという危機感のもと、内部での「競争」とネット配信との「協業/協力」を続けてきたことが成功の底流にあるのではないか。

 呼吸器感染症であるコロナの流行による社会や医療の急激な変化。我々も、ここで積極的に対応しなければ淘汰されてしまうかもしれないという危機感のもと、あらゆる分野のプロフェッショナルと協力し、切磋琢磨を続けていくことが必要だ。

井上 博雅