教授の雑文

井上博雅教授の雑文

初心に返って

2018年11月

 今年の人口動態統計が発表された。2017(平成29)年も死因統計の第一位は悪性新生物であり、人口10万対死亡率は一貫して増加傾向にある。全死亡者の3.6人に1人はがんによるものだ。部位別では男性も女性もこれまでと同じだが、最近、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など、がんの治療薬は大きく進歩している。治療の進歩により、特に肺癌の死亡率増加に歯止めがかかることを期待している。

 私たちが今回注目すべきは、喘息による死亡数・死亡率の増加である。
 今回から統計に使用する分類に変更があり、その影響が変動の一因ともあるが、これまで低下傾向にあった喘息死が増えたことに驚いている。さらに、各県別では鹿児島県がワースト1位。まずは、地域に発信するべく、重症喘息の鹿児島での実態を解析することが重要であろう。

 幾度となく話し書いていることだが、喘息死は予防可能な死亡である。私は、それをゼロにすることができると信じている。

 日本呼吸器学会の調査では、地域の喘息死亡と呼吸器専門医数とは逆相関を示す。もともと呼吸器内科医が少ない南九州も例外では無く、喘息死亡率ワースト1位の不名誉な記録更新を続けていた。しかし、2010年の開講後は、医局をあげてこの問題に取り組み、2011年以降は年を追うごとに全国平均に近づいていた。それはひとえに医局員皆の努力と医療関係者の協力によるものと感謝していたところでの、今回の結果である。
 年ごとの死亡率には変動も大きいので一喜一憂する必要はない、という意見もある。
 しかし、私たちはこの結果に襟を正すべきである。
 呼吸器内科の看板に恥じ入るべきである。

 幸い、既存薬の喘息への応用、抗体医薬の登場など、重症喘息の治療は最近急激に進歩してきた。今後に上市予定の新薬や現在治験中の薬剤には、我々が研究してきたサイトカインも含まれており、研究者としては嬉しい限りである。気管支鏡を用いた気管支熱形成術も含め、重症喘息に対処できる手段を我々は持っているのである。

 吸入薬の進歩や吸入デバイスの改良により、デバイスの種類が増え、服薬する側にとっては個々の薬剤で異なった吸入手技を習得する必要もでてきている。そこで、医療従事者の吸入指導レベルや患者の吸入手技の向上を狙って、全ての吸入薬に関し吸入方法の動画を一堂に掲載したWebサイト「吸入療法サポートチャンネル(吸チャン http://9-chan.net/medical/index.html )」も開設し、アップデートしている。是非活用してほしい。

 年明け1月からは、県内各地域の薬剤師、看護師、理学療法士、臨床検査技師などの医療関係者や学校教員を対象に、喘息患者に対して適切な対応のアドバイスや情報提供ができる「喘息サポーター」の養成を目的にした鹿児島県ぜんそくサポーター制度 (Asthma Supporters in Kagoshima; ASK)を始めることで準備をすすめている。これは、各地域で喘息カウセリングシステムを構築し、居住地域にかかわらず等しく病気に関する相談ができる機会を設けることを目的としており、喘息死の予防や喘息患者の生活の質の向上に貢献できると考えている。

 よく酒席を共にする友人の一人に、国際学会に発表をし続けている臨床医がいる。ある大学の関連病院に勤務しているのだが、彼は、「活気のある医局は、関連病院が自分達のデータを大事にする臨床研究をすすめているし、仲間となる若手の呼吸器内科医を増やす努力をしている。」と話す。
 私はそれを肝に銘じている。